東京表参道結婚のmaamエピナール お別れ

query_builder 2020/09/22
ブログ
手放す9tuki 22niti

クラウン3000をかったのは遥か昔


夫の為に買い求めた車です


転んで膝の半月板が割れて救急車で


救急病院に運ばれて入院


糖尿を持っていた夫の回復は


健康な方の退院より2ケ月は長くかかった。


膝には瀬戸物の半月板が入った生活が始まった。


それから約1年


私の慈母が亡くなり 二人で葬儀に出た時


足の小指と薬指の間の股に水疱


これが足を切断する始まりに気が付かなかった


葬儀が終わって すぐに皮膚科へ


いただいた薬は軟膏


全く効かない


おかしな悪臭


大きな病院へ


糖尿からくる壊疽が始まっていた


小指を落とし


それから4回にわたり


したから足を刻んでいって


太ももと膝の間でようやく


壊疽を止めることができた。


娘と私で


お父さん 義足で走れる時代なのよ


そういいながら


夫を励まし続けて


義足を付けて歩く訓練が始まった


その時 夫は69歳


此処から


私と夫との4本足が3本足になって


夫と二人で3本の足の生活が始まった


夫の老後は 私と共に


新しい生活が始まった。


これが私には苦ではなかった


むしろ楽しかった


子供たちがしょっちゅう


旅行の計画を立ててくれて


家族の旅行を心から楽しんでいた。


夫の誕生日のお祝いも家族中で祝ってくれた。


その為にも 車いすを載せての旅行


温泉にもそのまま入れるような車いすを買い


車いすを載せての旅行


病院も すべてに車いすが必要だった


それで クラウンに決めた


どの車より


トランクが大きかった


頼んできた車は 3000というこれ以上大きな車はなか


つた


お父さんにクラウンを載せたかった


今迄のマーク2などの物ではなかった


素晴らしい車だった


夫が亡くなるまで


この車のお世話になって


夫は お母さんからクラウンに載せてもらうとは


有難いね~


3000はとにかくすごい車なんだよ


私には凄いのか なんだかわからないけれど


感謝していた。


夫はすべてに対して謙虚で人格者だった


この性格を作ってくれたのは夫の両親でもある。


母は元士族の出で夫は


クラウンに乗れるほどの人格者であり


ご先祖様代々渋谷区一帯の土地持ちでもあった


そんな家柄でもある。


見得でもなんでもなく


当然乗れる人だった


当たり前のことだった。


亡くなった今


夫と別れのせいで 思い出が一つずつ


私の心からもぎ取られるように手放していく


夫亡き後


思い出が一個ずつ手元から無くなっていく


人生で初めて経験することばかり。


夫さえ居てくれたらと思う。


さようなら クラウン


今度はね 1300の小回り君で調子よく運転しています。

夫の🎂誕生日 11月18日


11-18のクラウンとまた、同じナンバーで


夫とともに走っています。


NEW

  • 東京表参道の結婚相談所マムエピナール 共働きは覚悟が必用 

    query_builder 2021/06/10
  • 東京青山表参道結婚のmaamエピナール 早く早く

    query_builder 2021/06/04
  • 東京青山表参道の結婚エピナール  大変大変ふ~

    query_builder 2021/06/01
  • 東京青山表参道結婚のmaamエピナール 幸せはキッチンから

    query_builder 2021/05/30
  • 東京表参道の結婚マムエピナール 不思議な挟み

    query_builder 2021/05/24

CATEGORY

ARCHIVE